謝辞
先日恥ずかしながら「貯金残高が二桁切ってヤバい」ということを公開したところ、複数人からほしい物リストを通じて支援をいただきました。本当にありがとうございます。
インターネットでもそうでない場所でも本当に人の縁と善意に生かされてるなと思います。自分にそれだけしてもらうだけの価値に自信は持てませんが、色んな形で返していけたらと思います。
知人とブログの活動について話してて、ぶっちゃけ日記だと忙しいときは
謝辞
先日恥ずかしながら「貯金残高が二桁切ってヤバい」ということを公開したところ、複数人からほしい物リストを通じて支援をいただきました。本当にありがとうございます。
インターネットでもそうでない場所でも本当に人の縁と善意に生かされてるなと思います。自分にそれだけしてもらうだけの価値に自信は持てませんが、色んな形で返していけたらと思います。
知人とブログの活動について話してて、ぶっちゃけ日記だと忙しいときは
結構有名? な話で、(必ずしも可換でない)単位的環では和の可換性の公理が外せるというものがあります。正確に述べると、通常$(R,+,\times,0_R,1_R)$が(単位的)環であるとは
で定義されますが、この公理の「加法群」を「群」に変えても十分ということです。これは
$x+x+y+y=(1_R+1_R)(x+y)=x+y+x+y$
の両端から$-x$, $-y$を加えれば分かります。
ここまでは結構いろんなサイトで出てきます。効いているのは単位元の存在と性質ですが、じゃあ気になるのは単位元がない場合、つまり上の公理で「加法群」を「群」、「モノイド」を「半群」にしたものです。これは次のようにすると和の可換性が成り立たない例が作れます:
非可換群の演算を$+$と書き($(G,+,0_G)$は非可換群)、$G$上の演算を新たに$x\times y = 0_G$とすれば、$(G,+,0_G)$は群で$(G,0_G)$は半群だが和は可換でない。
環の公理に単位性を課すのは最近の流儀だそうです。古い本だと環は単位的とはしない代わりに、群としては加法群なことを要請しています。上のような事情から現在の公理はある意味「冗長」なんですが、「単位的としない」がゆえに課していた条件がそのまま残ったのでしょうか。よく分かりません。
なんにせよぼくが普段使うのは単位的可換環なのでたいした問題はないのですが。
自分から、本を読むということを取ってしまったら、この経験のない私は、泣きべそをかくことだろう。それほど私は、本に書かれてある事に頼っている。一つの本を読んでは、パッとその本に夢中になり、信頼し、同化し、共鳴し、それに生活をくっつけてみるのだ。また、他の本を読むと、たちまち、クルッとかわって、すましている。人のものを盗んで来て自分のものにちゃんと作り直す才能は、そのずるさは、これは私の唯一の特技だ。
太宰治『女生徒』
なんかめちゃくちゃ期間空いちゃって申し訳ないです……。ここ数日いろいろあったのでまあ時系列で書いていこうと思います。
こんな感じの引用で始めたいんですがもうちょっとおしゃれな感じにできないですかね。
頑張って片付けました。ほとんど本しか所持品の無いような人間なので、アイリスオーヤマのルミナスというシリーズのでかいメタルラックを導入してそこに本をブチ込みました。なかなかコンパクトにまとまります。移動は重い。
今朝から無限に眠かったので三回くらい電車を乗り過ごして、もう駄目だと思ってうさぎのラーメンを食べに行きました。飯テロ避けのために画像は貼りませんが、空腹に入るとマジで"効き"ます。帰りがけに本屋に寄って『アイドルマスターシャイニーカラーズ シナリオブック』を買いました。今日はなんだかものすごく眠くてほとんどの時間で意識が無かったような気がしますが、意識がある時間はだいたい『ミル自伝』を読んでいました。ミルの父親の異常な英才教育がめちゃくちゃ面白いです。あとは普通に家帰ってきて今日記を書いています。
今回なんかキレのない文章で申し訳ない。
先日「預金残高が二桁切ってヤバい」という話を恥ずかしながらしたところ、みなさまからほしい物リストを通じて色々な支援をいただけました。この場を借りてお礼申し上げます。
謝辞
インターネットでも現実でも本当に人の縁と善意で生きてるなと思います。そこまでしてもらう価値をなかなか自分に見出せませんが、いただいたものは様々な形でお返ししていけたらと思います。
さっきまで書いてた記事がクラッシュして消えたので今泣きながら記憶からサルベージしています。iPhone6sはメモリ弱者。生徒の方が良いスマホ使ってて悲しくなります。
知人とブログの改善案について話してましたが、色々と案が出たので覚え書きを残しておこうと思います
みたいなアドバイスをもとに
などの案が出ました。個人的には、はてなブログは形式が堅すぎてツイッターは柔らかすぎるのでtumblr的なフォームが理想的なんですよね。読書メモ、というか読んでる途中経過の公開は最近導入したiPad三種の神器のおかげでやりやすい気がするので実現可能性が高いです。週に一冊新書はちゃんと当たりを引いてかつ読み切って記事が書けるくらい消化しないといけないので、やるとしたらかなりハードです。まだまだ検討段階なので考えていきます。インターネットのブリコラージュだと日記の付加価値が無いので。
あとこの日記、わりあい色々な人に読まれているようです。そんなに広く公開したつもりはないのですが……。
ということで〈もーりー日記2.0〉の覚え書きでした。最近は2.0と付けるのが流行っているらしいと聞いて付けただけなので特に意味はないです。なんか何にでも「電気」ってつけてた(Cf. 電気ブラン)人たちみたいですね。
ちなみに今日は昨日が疲れたので10時くらいまで寝て起きて勉強してバイトして今これ書いてます。シンプル〜。
日記(ブログ)を続けるのは難しい。特に少し忙しくなると日記なんか書いてる暇な時間が真っ先に削られていく。
というのが言い訳です。
【お知らせ】種々の支払いを済ませたら貯金残高が(一時的にですが)10万円を切りました。
こちらのリンクからほしい物リストに飛べますので、支援していただけるともーりーさんがとても喜びます。
去年の12月からろくにいじってなかったので本ばっかりですが、生活必需品系を増やしていく予定です(自分の備忘録としても)。ぶっちゃけ一時的な(そして形式的な)金欠なのでこんな乞食をするほどのことでもないのですが……。
そんな金欠野郎が画集なんか買うなという指摘は、とてもごもっともだと思います。
今日は朝すこし散歩して『平面代数曲線』を読み進めてました。夕方に髪を切りに外に出て、『真昼の月 白身魚自選イラスト集』を買ったりモンエナを無料でもらったりしていました。ツイッターのまんまじゃねかという指摘はごもっともで本当に動きのない一日だったのでインターネットに繋がりっぱなしでした。
白身魚先生のイラスト集はちょっと良すぎて体力が持ってかれてしまうので途中までしか鑑賞してません。線の柔らかさが天才すぎる……。アナログの彩色も本当に綺麗です。
他にも買いましたが、まあまた後日。
『物語 数学の歴史』の書評記事も書きたいですね。明日あたりに。
GW前にゼミを決めて、『テンソル代数と表現論』とか『組合せゲーム理論入門』、Category Theory in Contextの勉強をすることになりました。
GWに入って、さすがに本棚から溢れてる本を整理したり、追加の本棚用にラックを注文したりしてました。あとは北村先生の新著(八島先生との共著)『上級英単語ロゴフィリア』を買ったり、広中先生の『学問の発見』を買いました。
広中平祐さんの『生きること学ぶこと』はめちゃくちゃ好きな本で、人生において読んだことのある自己啓発書はおそらくこれ一冊なのですが、読みすぎてボロボロになってたときにブルーバックスから『学問の発見』の題で新しく出ていると知って買いました。本当にいい本です。
本棚を片付けている時期に本を追加で買うなよという声が聞こえてきますが、お察しの通り本を買って読み続けないと死んでしまうタチなのでマグロか何かだと思って大目に見てください。
ちなみに部屋はまだ片付いてないです。バカすぎるだろ。
GWはバ先も完全に休みでかなりのんびりできています。
あとなんかカント哲学の勉強始めて、とりあえず西研『純粋理性批判』(100分de名著)で概形を頭に入れてから天野貞祐訳『純粋理性批判』で勉強しています。ウィトゲンシュタインもそうですが、「限界」について論究する哲学は人間のカルマを感じて気持ちいいです。
前回の日記でApple Pencil・ペーパーライクフィルム・極細ペン先の三種の神器を入手したことを書きましたが、一週間使ってみた感想としてはマジで最強です。
ぼくはちょっと高いボールペンを使うくらいには紙に実際に書く行為に価値を見出している人種なのですが、少なくとも「数学の勉強」という観点では完全にiPadに軍配が上がりました。完敗です。
図がめっちゃ綺麗に描けて修正も容易でノートが散逸しない(ここが結構デカい)のはやっぱ強いです。数学学習との相性バチ高い。
ちなみに英語は紙で勉強してます。英語はあんまり相性いい気がしないです(個人的に)。内容を読むか文字を読むかという違いはありそうだなと思います。
大学に行って環論の講義を受けて帰ってきた。以上。特筆すべきことが何もない。お気に入りのペリカンのボールペンを家に(ペン立てに刺したままにしていた)忘れてしまったので気分ダダ下がりで講義を受けた。退屈な講義を「好きなペンで文字を書く」という行為でなんとか乗り切っているのでこうなると本当に暇だ。
講義終わりに生協でハイルブローナー『入門経済思想史 世俗の思想家たち』を買った。教養の経済学のテキストで、特に買わんくてもいいとのことだったけど面白い講義だったので買った。生協に無かったのでジュンク堂池袋に寄って『マンガ生物学に強くなる』を買った。生物の勉強がよく分かんなくなってきたので。ぼくは理解できないときは潔く読む本のレベルを下げちゃうタイプです。
新書読書だと最近は加藤文元『物語 数学の歴史』を読んでいます。今ディオファントスが出てきた辺りですがかなり面白いです。数学者の目で見る数学史、かなりいい。タレスが幾何学の知識を命題として表現したというまさにその行為が偉いという視点には納得しました。
まじで大学行って数学して本読んでただけなので特筆すべきことが無い。ハイライト形式でどうぞ(もしかして: 結局これが性に合ってる)。
最近『ぬるめた』という漫画を読みました。めっちゃ面白かったです。最近の傾向として言語センスやシュールの光る漫画がウケる傾向にあると思いますが、『ぬるめた』は着想や構成など個々の技術で頭一つ抜けてて、合計で七個分くらい上回ってる気がします。
また本のことかよ。最近すこし読む気になって『意志と表象としての世界』を読み返したら、なんか昔より明瞭に理解できました。今抱えてることがちょっと済んだら読書ノートを作ってちゃんと読もうかな。観念論とかの系譜に触れて慣れたのが大きいかなと思います。
余談ですが、最近新訳で出たシェリング『学問論』の「国家は哲学に対しては無制限の自由のみを与える義務がある」という帯、学術文庫の帯として歴代最高じゃないですかね。書店で見かけて爆笑しそうになりました。
ついに非純正のペンに苦しむ生活が終わり、Appleとエレコムが無いと生きていけない生活が始まる
mori_rin_1004
やっとこさ買いました。明日(0422)届くっぽいです。買おうと思ってグズグズしてたらめっちゃ時間がかかってしまった。
(追記)届きました。
「国語は教え得るか。」の記事に二つ新しく追加しました。衒学ブロガー目指してるので応援してください。嘘です。
零れ話をいくつか書くと、市川伸一の本は『勉強法の科学』と『勉強法が変わる本』のふたつを塾講やるにあたって読んで、後者の方がプラクティカルなことが色々書いてあって面白いな〜と思います。『勉強法の科学』も面白いけどね。『勉強法が変わる本』では有名な和田秀樹の暗記数学と数学者の言う理解数学の対立についても触れてて、数学科の人にはこれも面白いかもしれません。余談ですが、こういう対立を見るとやはり「哲学の問題とは言葉の混乱から生まれる疑似問題である」というウィトゲンシュタインはやはり正しいと感じます。
二つ目の中野芳樹さんのサイトですが、見つけて読み始めたときの期待と急にセールストークが始まったときの落差が凄かったです。『方法序説』を読んでもらうとぼくの落胆感が逆照応的に分かると思います。
大学が始まり、めちゃくちゃ登校する感じになってすげえ疲れた。人も多いし。
とりあえず前期は代数と幾何の講義がいっぱいある。環論とホモロジー論が並行なレベル感は謎。講義は基本ヒマなんだけど対面なので、詳細なノートを作ることで暇を潰している。わりあい楽しい。
疲れすぎて今週ほとんど日記書いてなかったので日曜の昼間に書いてます。今日(4/17)は昨日風呂入らずに寝ちゃったので起きてシャワーを浴びました。今日が締め切りの経済学の課題を出して、ちょっとお出かけしてSABONで買い物しました。相変わらず店員さんが可愛いので顔面偏差値の差に肝が冷えました。ブックオフに寄ったら『例題形式で探究する複素解析と幾何構造の対話』があったので買いました。『圏と表現論』も置いてあったので、誰かが数学の道を諦めたのかもしれません。今とってる経済の講義は内容的には経済思想史なのでわりと楽しいです(教養レベルの経済学は数学を使わないゴミみたいな講義をやめて内容を思想史に振り切った方がいいと思います)。それ以外の数学の講義は特筆すべきことはないです。強いていうなら代数曲線論の講義(潜り)が楽しみですが、古典的な話しかしないので多分層とコホモロジーは扱わないのかな。地元の最強のケーキ屋でアプリコットのケーキを買って食べました。美味しかったです。彼女のチョコとピスタチオのやつも美味しかったけど、夏っぽいのでアプリコットの勝ちです。
急に鬱になってきたので筆をおいて寝ます。