前書き
最近、英語を教えていて、「現在完了」の単元を扱った。そのときいわゆる「現在完了で明確な過去時点を表す副詞は使えない」というルールを教えたのだ。例えば
* I have been to Japan last year.
はlast yearが「明確な過去時点」のため非文だ*1。一方で
I have been learning English since I was a child.
では、(ぼくの感覚的には)I was a childだったのは明確な過去なのに、この文は適格と判断される。だが
*I have been learning English since two years ago.
はダメなのだ。実際のところこの辺の理屈がよく分かっていなかったので、帰ってきていろいろ文献を漁った。以下はそのメモである。
非常に重要な注意
書いているのは一介の英語学習者であり、またこの記事は調べたメモかつ多分に「筆者の考察」が含まれる。今後さらに内容を確認していくつもりはあるが、あくまで間違いの可能性もあると理解した上で読むべきものです。
本題
そもそも「現在完了」とは
まず現在完了形がどう扱われているか。いくつか文法書を見た。
『英文法総覧』
よく参照する安井稔『英文法総覧』では
- 現在における動作の完了と結果
- 現在までの経験
- 現在までの状態の継続,動作の継続
を主な意味として挙げている。重要なのは次の指摘だろう
現在完了の表す意味の中核的な部分は,「過去において生じた事柄を現在に結びつける」という点にある.現在完了という語が示しているように,現在完了は現在時制の一種であり,その,いわば,視点はあくまで現在時にあり,そこから過去を見渡しているといったところがある.(『英文法総覧』p.285)
つまり「現在と過去の結びつき」に本質がある、という立場だ。
『現代英文法講義』
次に、日本語の英文法書ではさしあたりかなり信頼できる安藤貞雄『現代英文法講義』の記述を見る。まずp.132の中で、
- 現在完了形では出来事時(E)が発話時(S)=基準時(R)より前*2
- 現在完了は「現在時制」と「完了相」が重なったもの
- have[has] は過去分詞のなすVPを補部に持っている(目的語)
という三点が指摘されている。
三つ目はどういうことかというと、
He has [bought a new car].
という文において、助動詞(aux) haveは[bought a new car]を"持って"いて、従って彼(He)は「車を買う」を"持っている"(=経験した)という意味。
中核的意味については安井と同様な指摘をpp.132-133で行っている。
(4) 現在完了の中核的意味
〈現在完了形は,過去の不定時に生じた出来事が,発話時と関わりがあるという話し手の認識を示す〉これを一口で言えば,「現在との関連」(current relevance) ,あるいは「拡大された今」(extended now) と特徴づけてもよい.
とのことで、やはり「現在時制」で視点は今という解釈だ。他にも文法書にあたったが、これが最も詳しく、基本的には大同小異だったのでこれ以上は引用しない。
『An A-Z of Common English Errors』
ネイティブの書いたもので、Dvid Barkerの『An A-Z of Common English Errors』も見た。現在完了を過去時制だとしている(p.259)が、これはその後の記述(p.260)で
- My father has visited a lot of country.(父はたくさんの国を訪れた)
- My grand father visited a lot of country.(祖父はたくさんの国を訪れた)
の二つの文の意味の違い(1では父が存命だが、2を聞いたネイティブは祖父は死んでいると判断する)を「時制の違いによる」と説明している部分で矛盾する。Barkerによれば現在完了形も過去形も「過去時制」だからだ。ここはむしろ現在完了が「現在時制」である説を補強する部分だろう。その後の記述を見ると著者は時制と相を誤解しているように思う(あるいはただの誤植)。
ただ、「2のような過去形では祖父は死んでいると判断される」は有益な情報だと思う。
まとめ
結局、現在完了形は現在時制の完了相で、発話時の今という視点から「不定時の関連した過去を見渡している」という風に捉えておくのが穏当だろう。
「明確な過去」と現在完了形の共起
『現代英文法講義』を引いていたら、「明確な過去」を「過去の特定時」、そうでないものを「不定時」(実は引用で既に出ている)と呼んでいたので、以下はそれに倣うこととします。
非文法的な例①〈点的な過去〉yesterday, last ~, ~ agoなど
さて、『現代英文法講義』では現在完了は不定時の出来事に対して用いられるので、過去の特定時とともに使用することはできないとされている。それはそうなのだが、なんとも狐につままれた気分だ。だがとりあえずこの説明で、
* I have saw Lucy yesterday.
の非文法性が説明できる。yesterday=特定時に起きた出来事に現在完了は使えず、上の文は単純過去I saw Lucy yesterday.で表現される。何が特定時かという判断は非常に難しいが、『英語monogrammar』p.156には「はっきりした点的な過去」という表現がある。以下に同書同ページからの引用を示す:
単純過去にのみ使われる副詞(句)
~ ago, once, yesterday, the other day, earlier this week, in those days, last ~, in 年(今年は除く), at 時刻, in the morning, on Tuesday, after the war, no longer, etc.
morningについては、『英文法総覧』p.286にI have written 5 letters this morning.は「午前中に言っているのであれば」文法的だという記述がある。in this morningは前置詞inによって「特定時」になってしまうのだろう。午後に言うと非文なのも、午後という基準時から見た「今朝」は特定時になってしまうからか。午前中であれば「今朝から続く時間のどこか(=不定時)に手紙を書き終えた」という意味で、完了形が適格になるといったところか。『現代英文法講義』pp.141-143によると、これらの語が現在完了形と共起できないのは「話し手の心理において発話時とのつながりを絶つと感じられる」からだそうだ。ということは、I have been learning English since I was a child.のsince I was a childは「成長」という現在へのつながりが感じられるために適格なのではなかろうか。とりあえず一つ納得できた気がする。
非文法的な例②since ~ ago
since/forは「期間」の副詞として現在完了形の継続の意味とセットで用いられる*3。
(状態的) We've lived in London since 1970.
(非完結的) I've taught in this school for ten years.
など。なお、副詞語句の共起が無い場合だと通例は〈存在〉(学校文法の〈経験〉)として読まれるそう。
さてsinceは「過去のある時点」つまり起点から、現在あるいは過去の基準時までの〈継続〉を意味する。ここで
The rain has not stopped since last week.
は適格なので、前節で「単純過去にのみ使われる」と分類されていてもsinceを使えば共起できるようだ。ということは問題はagoの方にあるのかもしれない。
と思って『現代英文法講義』p.545の「~ago」の項を見たらドンピシャだった。
… agoは,常に発話時を基準にして,「(今から)…前」という意味で,過去時制で用いられるのが原則である.
Swanの"Practical English Usage"(Third edition)には次のような記述がある。
An expression with ago refers to a finished time, and is normally used with a past tense(中略)
We use ago with a past tense and a time expression to 'count back' from the present; to say how long before now something happened.
これを見ると、~agoには強く「現在から数えて明確に終わった時間」の感覚があるのではないかとぼくは思う。つまり~ago句は「現在完了と共起するsinseが求める〈起点〉の要件を満たさない」のではないか。since ~ ago が非文法的(容認的?)と判断されるのはここに鍵があると思う。少なくともぼくはこれでかなりスッキリした。
今後やること
- 他の文献、たとえばCGELやCamGELなど、あるいは論文なども調べる(3/18日はとりあえず家にあるもので調べた)ことで内容を精査する
- 記述の整理
- ネイティブに聞く
参考文献
安井稔,『英文法総覧』
安藤貞雄,『現代英文法講義』
David Baker, 『An A-Z of Common English Errors (Japanese Edition)』
お茶の水ゼミナール英語科,『英語monogrammar vol.5 時制・相』
Michael Swan, Practical English Usage, third edition
綿貫陽/マーク・ピーターセン,『表現のための実践ロイヤル英文法』
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*1:ちなみに、非文法的(非適格)な文を非文と呼び、記号「*」をつけて表す
*2:出来事時(point of event)をE,発話時(point of speech)をS,基準時(point of reference)をRと書く.時制tenceはRとSの関係によって決まる。〈完了/非完了〉や〈進行/非進行〉といった動作や様態(E)が基準時(R)でどの状態かを示すのが相aspectであり、ざっくり言えば相はEとRの「関係」から決まる。以上の記述から分かる通り時制と相は異なる概念である。
*3:正確には、動詞が「状態的」あるいは「非完結的」な特徴を持つ場合は、現在完了形に〈継続〉という「読み(reading)」が与えられる。種々の用法があるのではなく、動詞によって現在完了形の中核的意味に種々の意味の「読み」が付与されるという視点を安藤は指摘している